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こんにちは!ワールドスポーツ「テンチョー」の今野英樹です! 3月11日がやってきました・・・。皆様にとってもいろいろあった一年だったと思います。お身内亡くされた方、故郷から避難しなければいけなかった皆様方のご心痛をお察しいたします。 昨年3月11日を境に、私達の生活・環境は一変してしまいました。私自信も、震災時に双葉翔陽高校さんに向かう途中でした。当日の大熊・双葉・浪江・小高の惨状を目にして「これは現実なのか」という思いが強かったのを覚えております。そしてその帰り道、津波からの避難者のために部員総出でグラウンドにテントを張っていた小高工業野球部の姿もありました。 あの懐かしい小高・浪江・双葉・大熊の風景はもう一年も見ていません・・・。 震災から7日後、私は南相馬に戻ってきました。以前に書き込みしましたが、「この現状で私に何が出来るのか」「お客様からお預りした商品を置いて避難するわけにはいかない」という気持ちが前面に出ていました。 とはいえ、市内に人の姿はなく、本当に「ワールドスポーツはこれで終わるんじゃないか」「もうここには人は戻ってこないんじゃないか」という不安もあり本気でワールドを閉店させる覚悟も付いていました。 そんな中、また私にやる気を与えてくれたのが、「お客様からの電話やメール」でした・・・。「テンチョー無事か?」とか「注文したいんですが」という内容の電話で、これまでいじけていた自分が元気付けられるのがわかりました。この時点から私の「サテライト校への営業」が始まったのです。 その後も戻られた多くの皆様からご愛顧頂きました。「がんばれ!」「あきらめるな!」中でも「ワールドは原町からなくなってはいけない!野球人のよりどころだ!絶対なくしてはいけない!」といってくれた先生もいました。私は密かに感激の涙をぬぐったものです・・・。 私達は皆様の励ましやご愛顧のおかげで今ここにいます。 私達ワールドスポーツは原町で35年間商売をさせて頂きました。その恩返しを今こそしなければと思い立ちサテライト校への支援物資の提供、被災学校への支援物資の送品、そして相双PRIDEプロジェクトなどで微力ですが支援をさせて頂きました。 しかし震災はまだ終わってません。なぜなら私達の店から約2キロ南には未だに立ち入り禁止区域があります。帰れない人たちも大勢います。私は県外の人に「なぜそこにいるのか」と聞かれた事もあります。そりゃまぁ東電福島第一原発事故による放射能の恐怖は少なからずあります。しかし私スタッフは故郷に帰りたくても帰れないお客様が相双に帰る事が出来る日がくるまで、南相馬でがんばり続けます。「不安を勇気にかえて」。 震災発生からの一年間、全国の皆様のおかげでワールドスポーツは走り続ける事が出来ました。とりわけ震災直後放射能の恐怖がありながらいち早く駆けつけてくれた「アシックス東北販売」様「シウラスポーツ用品」様「株式会社イモト」様のスタッフの皆様、支援を続けてくれた「エスエスケイ」のスタッフの皆様、本当に有難うございました!また「仕事があったほうが張り合いがあるやろ」と遠方にもかかわらず注文を下さった栃木県の岸野様、京都市の林様、福岡市の有馬様はじめ多くの皆様、そして京都宇治市役所野球部の皆様、更に街頭で募金を集められた東京学芸大学附属国際中等教育学校のボランティア部の生徒さん達、モノの支援ではない「ココロの支援」本当に有難うございました。 そして震災直後から復興・治安維持のために被災地に入ってくださった自衛隊の方々、各府警・県警・警視庁の警察官の方々、本当に有難うございます。 この場を借りてお礼申し上げます。 そして何より相双地区でがんばっている新地・相馬・南相馬のお客様、各高校の先生方、松本誠喜先生はじめ中体連の先生方、相双PRIDEに賛同してくれた渇p高の岡社長、そしてBTワールドのみんな、本当に本当に有難うございました!! ゼロからの出発のつもりで決意新たにがんばってまいります。そしてお客様への心のこもったサービスを提供し続けます。 長い道のりですが・・・ゼロより下はない!あとは進み続けるだけです!もう一度美しい相双を取り戻す為に。 くじけない、あきらめない。 |
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3月以降もテンチョーは県内各地を回らせていただきます。二本松や郡山や会津は3月いっぱい。なんだかさびしい感じもするのは私だけでしょうか? 4月からいわき市へお邪魔します! 思えば5月のサテライト校開校以来、飯舘経由の「八木沢峠」を196往復!現在までの走行距離約53000キロ!!よく走ったな〜。 |